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2013年4月14日 (日)

クールジャパンの恥ずかしさ

「クールジャパン」というのは、経済産業省が主体になって日本のアニメなんかを海外に積極的に進出させていこうという動きであり、外からの働きかけによって日本文化(主にポップカルチャー)に目を向けさせてひと儲けしようという、取らぬ狸の皮算用みたいな目論見のことを指すのだと認識している。

個人的には、こういうのは意識していないからこそクールなのであって、意識的にやったら失笑を買うだけだと思う。

語弊を招きかねない下衆な言い方ではあるが、クラスのあまりイケてない生徒が、自分はイケてると哀しい勘違いをした挙句、異性の目を意識して見え透いた思わせぶりな態度を取っているのを見ているようで、その卑しさと、あざとさと心強さに、正視に堪えない気恥ずかしさを感じてしまう。

 

経済産業省のクール・ジャパン室の発表資料を見るに、手札はデザイン、アニメ、ファッション、映画である。

それらが本当に海外で受けているのか実際のところは分かりかねるが、何とも軽薄なカード、という印象を受けてしまう。

商品の性質として、これらは海外で持て囃されたとしても、すぐに模倣され、飽きられるのではないだろうか。

それゆえに、そんな流行に左右されるような、先行き不安定なものを戦略分野に据えてどうするのか理解に苦しむ、というのが正直な感想である。
(まあ、あのアイドルグループの仕掛け人が一枚噛んでると聞いた時点で、雲行きは怪しいと思っている。)

 

私も、それなりに日本のポップカルチャーを好んではいるけれど、それ以上にじじい趣味に激しく針の振れた人生を送っているので、日本の伝統文化の方により重きを置いている。

歴史のある寺社とか、美術工芸品なんかが好きだし、その裏にある脈々と受け継がれてきた思いみたいなものに触れると、柄にもなく胸が熱くなったりする。

結局、フジヤマ、ゲイシャ、ニンジャやサムライにしても、受け継がれ語り継がれてきた伝統があるからこそ、今も、多分これからも、外国人にクールに映るのではないかと思う。
それらは、誰の目から見ても正当なものであり、下衆な言い方をすれば、皆に好かれるクラスのイケてる生徒である。

クラスのイケてない生徒が注目を浴びたところで、すぐに話題に上らなくなり、話題の中心はイケてる生徒に戻っていくのが浮世の道理である。

 

結局、私は「クールジャパン」を応援したいのか、したくないのか。

そんなのは多分どっちでもよくて、「クールジャパン」のイケてなさに切なく酸っぱい思春期の失敗を重ねて、気恥ずかしさに狂おしく身悶えていたい。

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