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2013年4月13日 (土)

ローカル人材でもいいじゃないか。

「最近の若者はなっとらん」という言説は
古代エジプトで既に言われていた、みたいな話を聞いたことがあるが、そこまでではないにしろ、しつこく言われ続けているのが
「これからの時代は英語が話せないとダメだ」という言説である。

あれは今を遡ること16年、
当時就職活動を控えていた英語と無縁な私は、
実しやかに語られるそんな無責任な未来予想に
不安や惑いを感じていた一人であった。

そして時は流れ、不惑も射程圏内に捉え始めた今の私が振り返るに
この十数年、英会話が必要だったケースがどれだけあったかといえば、まあ、四捨五入すればほぼ皆無に近いくらいのものであったし、
現在進行形でその状況は続いている。

今の会社で今の仕事を続ける前提で言うなら、
あと数年くらいは変わらない気がする。

 

片や、最近は「グローバル人材」を育成する必要があるとかで、
大学の受験資格や卒業資格にTOEFLの点数を要件に加えようなどという動きも見え始めているらしい。

学生の頃、就職のために英検準二級でもとろうかと参考書だけ買って、結局三分の一ほど読んでやめたくらい
英語に関して志の低い私にとっては、
着々と肩身の狭い世の中になりつつあるようである。

 

ただ、それなりに歳を重ねてみて思うのは、
「グローバル人材」って、そんなにいいものでもないんじゃないか、
ということである。

字面だけ眺めていれば、
「先週はロンドン、今週はニューヨーク、来週は東京」みたいな、
世界を飛び回り、颯爽とニューヨークを闊歩するエリートビジネスマンを想像しがちだと思うが、
多分、「3年前からずっとベトナム」とかで
現地スタッフと日本の本社の橋渡し(または板ばさみ)というのが現実なんだと思う。
(そして往々にして、本社の人間は英語が話せない。)

仮に、本当にグローバルで優秀な人材がいたとするなら
自分で起業して海外に打って出るなりすればいいわけで、
日本企業にわざわざ就職する「グローバル人材」なんて
所詮は通訳要らずでコストが低い便利な従業員に過ぎない気がする。

要するに、使う側にとって都合のいい人材が
経済団体の言う「グローバル人材」なのかなと思う。

「だから、英語なんて必要ない」とまでは言わないが、
英会話能力が過大評価されているんじゃないか、とは思う。
(半ばやっかみも含みつつ。なんせこちとら英検準二級すら諦めたのだ。)

 

英語が話せる/話せないなんてのは、
泳げる/泳げないと同じくらいのレベルで
「話せたらいいな」くらいに思っていればよくて、
必要に迫られたら英会話教室にでも通えばいい。

企業で仕事をする上で英会話より必要なものなんて、
それこそいくらでもあると思う。

・論理的に物事を考えることができるか
・それを他人に齟齬なく伝えることができるか
 (ここに英会話能力が含まれる)
・チームで仕事をするのに必要な協調性があるか
・複数のタスクに優先度を付けて並列処理できるか
・自分のミスを認めることができるか
など。

そういう面倒臭いあれこれを、
色んな人が満たしたり満たさなかったりして
今日もどこかで色んな仕事が完了したり炎上したりしている。

 

結局、世間で言われていることなんて当てにならないし、
それが外れても誰も責任を取ってはくれない。

それでも敢えて経験則から言うなら、
まずはローカルでそれなりに勝負できる人材を目指すくらいで
丁度いいんじゃないかと思う。
中途半端な「グローバル人材」よりは、そういう人と仕事がしたい。

英会話コンプレックスをばねに、一緒に頑張ろうよ。

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